心で触れるボディワーク

独特の長いスローなストローク。
波のようなリズム。
エネルギーの揺らぎ。
大切に触れられる。
からだに隠された智恵のギフトを受け取る瞬間です。

心で触れるボディワークの繊細なタッチは、
心とからだの探求の旅に私たちを連れ出します。

タッチは心のサプリメント

ひとつひとつのタッチが、あなたの心に大切なメッセージをもたらすことを心で触れるボディワーカーはよく知っています。
「健康のために」とサプリメントに手を伸ばすように、心で触れるボディワークに手を伸ばしてください。ボディワークのあとは、確実に気持ちが元気になっています。

からだの声が聞こえてくる

寄せては返す波のようなロングストローク。思考が止まり心が静かになって、いままで気づくことのなかった奥底のからだの声が聞こえてきます。

リラクゼーション

時間がなくなります。からだの境界が拡がっていきます。心がからだに寄り添ってひとつに…。いままで閉じ込めてきた感情を感じることもあります。
呼吸が深く入ってきます。からだってこんなに気持ちがいい…。

目覚めのとき

セッションの終わりには、深い眠りから目覚めるような感覚で、からだをまるごと、いとおしく感じる時間を静かに過ごすことができます。

セッションの流れ

簡単なコミュニケーションのあと、ヒーリングベッドの上に横になります。からだを覆っているタオルの上からやさしくタッチ。その後、オイルを使って全身を触れていきます。揺らしやストレッチも適宜行います。時間をかけてほしい部分があったら、事前にセラピストに伝えておいてください。不快なことがあったら、その場で伝えてください。セラピストは、あなたが「心地よいと感じるタッチ」を一緒に探求するガイドです。


セッションのご予約

心で触れるボディワークのセッションは
大沢温泉山水閣・リラクセーション水心でのみ受けております。

ご予約はこちらからどうぞ


心で触れるボディワークの歴史

心で触れるボディワークの歴史を紐解きましょう。

心で触れるボディワークは、エサレン®ボディワークを日本に持ち込んだ編カンパニーの鎌田麻莉氏がその経験をまとめあげ、心で触れるボディワークスクールで伝えている全身オイルトリートメントのフォームです。

心で触れるボディワークスクールは、2007年に開校しました。以来、ここから多くのセラピストが巣立っています。また、編カンパニーは、1999年から2007年まで、カリフォルニア州エサレン研究所から講師を招いて、エサレン®ボディワーク資格認定コースを行い、この間200人以上に及ぶ卒業生を輩出し、エサレン®ボディワークの日本の基礎を築きました。

心で触れるボディワークの元となっているエサレン®ボディワークについて、以下で述べていきます;

エサレン®ボディワークは、カリフォルニア州エサレン研究所で育まれた心とからだに働きかけるボディワークのフォームで、通常、全身オイルトリートメントとして行われます。

エサレン研究所は、1962年に設立された、心とからだ、スピリットを総合的に探求する実験的なセンターです。1960年代後半には、全米でも広く信頼と注目を集め、多くの哲学者や文学者、心理療法家、身体技法研究家、アーティストが訪れて、さまざまな試みを行ってきました。

西洋と東洋の融合
個人が持つ可能性の探求
自由な表現
開放
シャーマニズム
スピリチュアリティ …..

初期では、ゲシュタルト心理療法の創始者、フリッツ・パールズが、また、ロルフ式身体統合法(ロルフィング)のアイダ・ロルフが、そして、センソリー・アウエアネスのシャーロット・セルバーがエサレンを訪れて、そのメソッドを体系化し、世界に広めていった先人たちでした。

その後、身体技法の分野では、その他にフェルデンクライス・メソッドのモーシェ・フェルデンクライス、トレガー・アプローチのミルトン・トレガー博士が訪れています。エサレン®ボディワークは、これらのメソッドを学んだボディワーカー達が、注意深く実践を重ねながら、全身オイルトリートメントとしてまとめあげてきたものです。

このサイトで紹介するサロンのセラピストは、心で触れるボディワーク本格コースの卒業生です。

さらなる「からだ」探求の旅の途上の、あなたのガイドとなるでしょう。


「ボディワーク」研究 by 鎌田麻莉

エサレン研究所で自然発生的にマッサージが行われ始めたのは、設立当初(1962年設立)からのことだったと聞いている。海岸沿いの露天風呂のそばのマッサージテーブルで、思い思いのマッサージセッションが進められたのは、容易に想像できる。その後、60年代後半から70年代にかけて、エサレン研究所が、アメリカ全土を巻き込んだ大衆運動、ヒューマン・ポテンシャル運動の中心的存在としての役割を果たすようになると、さまざまな身体的アプローチがエサレン研究所に持ち込まれ、実践されるようになった。ゲシュタルト療法、センサリー・アウエアネス、アレクサンダーテクニック、ロルフィング、フェルデンクライス、トレガー・ワーク、ライヒ派の療法、ロミスクール、コンティニュアム、ボディマインドセンタリング、オーセンティック・ムーヴメント、フォーカシング、ハコミ、ローゼンワーク、プロセス志向心理学などがある。

これらは、当初、ボディワークと総称された。そして、エサレンのプラクティショナーたちは、こうした全体としての「からだ」に対するアプローチを総合的に学んでいくことになる。またこうした動きは、心理学分野で身体性が重視されるきっかけとなっていった。このようにして、「エサレン®ボディワーク」がエサレン研究所の歴史とともに、「成立」したのである。それは、「触れる」ということの深さを探求するということにおいて、治療の対象として他者の身体に向かう「マッサージ」とは、一線を画すことになった。

日々のボディワーク・セッションの中で、クライアントの感覚に働きかけていく試み、また、プラクティショナー自身が自らの感覚に気づいていくこと。この2つが、ロングストローク以外の、重要なエサレン®ボディワークの要素なのである。

ソマティクス—一人称の「からだ」を探求するアプローチ

のちに、哲学者でありフェルデンクライスの実践家であったトマス・ハナは、「ボディ」という言葉が放ちがちな、心やスピリチュアリティと切り離された身体レベルの問題だけを扱うというニュアンスを振り払い、全体としての「からだ」に対する独自のアプローチを強調するためにソマティクスという呼称を生み出した。以来、一人称の「からだ」の探求として、ソマティクスという呼称が用いられるようになった。

エサレン®ボディワーク・プラクティショナーは、「ボディ」が、心やスピリチュアリティと不可分な、全体としての「からだ」を示すというスタンスでワークしているのであり、ソマティクスの実践者である。

文化としてのからだ

身体には、文化的からだと言うべき側面があるように思われる。1992年、5年に渡るニューヨーク滞在から引き上げて帰国し、地方の片隅でボディワークの個人セッションを始めた。そのときの感覚は、「おやっ?」というものだった。何か、からだの反応が違う。それは、例えば欧米人と東洋人という解剖学的な骨格の違いというような質のものではなかった。私のタッチに対するからだの、微妙な反応の違いがあった。その中で、はっきりと言語化できるレベルのものとして、日本女性の股関節の緊張のありようがあったと思う。股関節にはどんな人でもある種の緊張を抱えているものだが、私には日本人女性特有の緊張のありようが感じられた。私は当初、それにいらつき、緩めようとやっきになった。そのいらつきは、後に自分自身に向けられたものであると気づくことになる。いまでは、それを受け入れている、と表現していいのかどうか、わからないが、「とにかく、緩めればいい」というものではないと理解するようになった。その緊張は、文化なのである。例えば、長年の着物を着る文化から培われた身のこなし、生活の仕方、考え方、祖母から母、母から娘へと受け継がれた何かが、股関節のある種の緊張として、私の手に感じられ、その感覚から、私は日々のセッションの中で、日本の文化を学んでいると感じている。

また、この股関節の緊張のありようは、ニューヨークでの経験を思い出させた。カリフォルニアのエサレン研究所から、ニューヨーク市に戻り、日本人妊産婦向けの在宅ケアプログラムに関わった。産科病棟では、「日本女性のお産は重い」とささやかれていた。確かに、国際色豊かなその産科病棟では、赤ちゃんを産んだばかりのお母さんたちが、元気に病棟を行き来して、ベッドからは家族に電話をかけまくり、かしましい。よくみると日本人女性と思われる人たちだけが、精も根も尽き果てたという風情でベッドに横たわっているのだった。確かに欧米人の骨格や、体格や体力の面からそういったこともあるのかと思えたが、方や、日本人と同じような体格の他の東洋系の人々でも、日本人ほどぐったりしていない。日本人は、何らかの理由で、出産を重くするようなからだの文化を創っているのかもしれない。または、私の出会ったニューヨークで出産した日本女性たちは、当時、商社マンの妻が多く、いわば、自分の文化から切り離された状態で異国で出産しなければならないのに比べ、他のアジア女性たちは、ほとんどが一族で移住してきており、自分たちのコミュニティがあり、自分たちの文化を持ち込んでいた。そうした違いがあったかもしれない。

「からだ」がない?!

田舎の年配の人たちが集まるところに行き、彼らの身ごなしや話を聞いていると、彼らの中に「個」=主体としての自分というような認識が薄いのに気が付く。「私はこう感じる」「私はこう考える」そういったことがほぼゼロなのではないか、と思われる。試しに「あなたは今何を感じていますか?」とか「あなたは今何を考えていますか」といった種類の質問をしても、かろうじて「おまえは何を言っている、自分たちの感じるべきことはこうこうで、考えるべきことはこうこう、やるべきことはこうこうと、決まっており、“私”個人が感じたり考えたりすることは何もない」といったニュアンスのことが帰ってくるように思う。または、質問の意味すら理解してもらえないかもしれない。あたかも彼らは、個人として探求すべき「からだ」を持っておらず、彼らの身体はコミュニティの一部分としてだけ機能しているかのようだ。そして、それが案外、安心で安定している。私はこれが、「日本」という文化の伝統なのではないかと考えるようになった。ひとつの洗練された文化のありかたかもしれない。戦後の民主主義教育を受けた若い世代は、私を含めてその基盤があいまいで、私の「からだ」は、確固たる伝統的コミュニティには属していず、かといって、西洋流の確固とした個人としての自我意識に裏打ちされているわけでもなく、何かちゅうぶらりんな「私」が、ここにあるのみだ。不幸にもこれが、現代日本の混迷を招く原因となっているのではないか。ボディワークのセッションを受けるとき、あるいは行うとき、探求すべき「からだ」が、その瞬間、忽然と立ち現れる。そんなふうに感じる。だから、リラックスできる。そんな順番だ。このような意味合いで、私にとってボディワーク・セッションは重要なのである。

エサレン®ボディワークの資格認定コースが、2007年の今年、9年目を向かえる。西洋で生まれたソマティクスのアプローチが、エサレンボディワークという形で日本という東洋に持ち込まれ、実践がより深く広くなっていくとき、私たちはどんな果実を味わうことになるのだろうか。私たちのワークを通して浮かび上がる「日本人のからだ」の記録は、きっとこれからの100年の日本人のあり方を照らし出す貴重な道しるべとなっていくに違いない。

文:(有)編カンパニー 代表 鎌田麻莉
参考文献
村川治彦(2003)「一隅を照らす光を集める」人間性心理学研究 第21巻第1号

この記事は、amuニュースレター22号(2007年1月)に掲載された記事の抜粋です。


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